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広島高等裁判所 昭和61年(く)32号 決定

少年 S・K子(昭46.7.19生)

主文

原決定を取り消す。

本件を広島家庭裁判所に差し戻す。

理由

本件抗告の趣意は附添人○○作成の抗告申立書記載のとおりであり、原決定の処分の著しい不当を主張するものである。

そこで検討するに、一件記録によると(一)虞犯事由の要旨は、少年はかねてから父母の監督に服さなかつたものであるが、昭和61年7月30日から同年10月11日まで家出し、その間デートクラブの客を相手に売春して生活費、遊興費を得、街で知り合つた男性と徒遊生活を送つたりし、一時居住していたレンタルルームには暴力団員も出入りするなど、その性格、環境に照らし将来罪を犯す虞れがあるというものである。(二)少年は中学3年生であるが、過去に2回家出をしており、家庭及び学校への適応に問題があるうえ、今回は家出の直後に売春行為に及び、以後それを繰り返していたのであつて、その価値観、倫理観の崩れは大きく、また梅毒に感染し、広島少年鑑別所の意見では長期の治療が必要であるとされていることが認められる。これに加えて少年の性格、家庭・学校との関係、今後の問題点など原決定が処遇の理由として摘示するところは一応首肯できるので、在宅処遇の困難な事情を指摘したうえ、梅毒の治療の必要性もあるとして少年を医療少年院に送致(治療措置終了後に初等少年院への移送が相当であるとの意見を付記)した原決定の処分は右認定事実を前提とする限り、肯認できないではない。

ところで、所論は、少年を少年院送致とした主たる理由は少年が梅毒に感染しているということであるが、検査結果から少年が感染しているといえるか明らかでなく、感染していたとしても初期症状であつて長期の治療は必要ないから治療のために少年院に収容するのは相当でないという。

原決定の処遇の理由の説示に照らすと、原裁判所が施設に収容する必要性があるとしたのは必ずしも梅毒に基因するとは言い難いが、家庭裁判所調査官が処遇意見を当初の試験観察から医療少年院送致に変更したのは梅毒感染を理由としていることは明白であり、少年鑑別所は梅毒につきかなり長期間の治療を要すとしているから、これが医療少年院送致相当との処遇意見に相当影響していることが容易に推認され、これらの事情によると少年の梅毒への感染の有無及び感染していた場合の治療期間の程度は少年の処遇決定にかなり重要な要素であつたとみられる。そして原裁判所は、少年の梅毒はかなり長期の治療が必要であるとの鑑別所の意見を前提として判断したものと推測される。

そこで当裁判所は事実調べとして京都医療少年院の○○医師から検査の結果、治療の実施状況、見通し等について電話聴取書2通を徴し、当庁医務室の○△医師に参考人としての供述を求めたが、これらによると、京都医療少年院での2度の検査の結果、少年が梅毒に感染していたと認められるが、未だ初期の症状と推測され、5週間にわたる投薬治療を受けて症状は改善され、他への感染の危険性も治療の継続の必要も殆どないと言える状態に至つていること(もつとも、予後の定期検査は必要である。)が認められる。

そうすると、少年は梅毒に感染していたが、かなり長期の治療を必要とする状況にはなかつたのであつて、この点は原決定時に予測された事情とは異るものであり、またその後の事情であるが現在では治療の必要性が殆どないこと並びに家庭裁判所調査官の意見からも窺えるように梅毒の点を除外すると在宅処遇も考えられない事案ではないことを併せ考えると、直ちに収容処遇とするのが相当といえるか疑問なしとせず、梅毒の治療についての新たな事情をふまえて少年の処遇を今一度検討するのが相当であると認められ、この意味において原決定の処分は相当でなく著しく不当であると言わざるを得ない。結局論旨は理由がある。

よつて、少年法33条2項、少年審判規則50条に則り原決定を取り消したうえ本件を原裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 村上保之助 裁判官 横山武男 谷岡武教)

〔参考1〕 抗告申立書

抗告申立書

抗告人少年S・K子(昭和46年7月19日生)

申立の趣旨

右の者にかかる虞犯少年事件について、昭和61年10月29日広島家庭裁判所がした、医療少年院送致の決定は取消す旨の決定を求める。

申立の理由

原決定は、左記申立詳述書のとおり処分が著しく不当と思料される。よって、本件少年院送致決定の取消しを求め、本抗告申立をする。

昭和61年11月11日

右付添人弁護士○○

広島高等裁判所御中

申立の理由詳述書

一 少年の要保護性は現在著しく弱っており、原決定はこの事実につき看過しているか、十分な洞察を欠くものである。理由は以下に述べるとおりである。

1.本件少年は、虞犯少年であって、何等犯罪を犯したわけではない。担当調査官の調査表によれば、調査官の最初の意見は、試験観察相当であった。それにもかかわらず、その後、担当調査官の意見が医療少年院送致相当と変更され、審判の結果は医療少年院送致(担当調査官の話によれば、3ヵ月位医療少年院、その後初等又は中等少年院送致)となった。その理由は何処にあるのであろうか。

2.担当調査官の調査書の意見変更の理由によれば、それは少年が、梅毒に羅患している旨の連絡が鑑別所の課長からあった為と記載されている。

又、当職が直接担当調査官に面接した際の変更理由も、少年が梅毒に羅患していることが判明した為であるというものであった。

従って、少年に医療少年院送致の審決が下された理由は、少年が梅毒に羅患していることが判明した為と考えられる。

3.ところで、梅毒にも初期、中期、末期等様々な状態、程度があるが、少年鑑別所及び担当調査官は、少年がどの程度の状態にあると考えていたのであろうか。鑑別所の意見書には、「少年は梅毒の治療を徹底的にやる必要がある」とか、「梅毒は完全に治癒するまでかなり長期間の治療を続ける必要がある。従って、少年には外的規制が必要である」などの記述が見られることからみて、少年の梅毒の治癒には相当長期間の治療が必要である。即ち、かなり重い梅毒と判断していたものと考えられる。

4.しかし、その判断根拠は極めて薄弱と言わざるをえない。

即ち、担当調査官自身は、自ら何等の調査をした訳ではなく、鑑別所の処遇意見を鵜呑みにしただけであるから、問題となるのは鑑別所の判断根拠である。

そこで、鑑別所の判断根拠について考えてみるに、鑑別所の意見書を見ると、鑑別所は少年の梅毒につき定性検査と定量検査を実施した。定性検査については、ガラス板定性検査とTPHA定性検査の二つを実施し、ガラス板定性検査のみ陽性の判定が出た。

定量検査については、ガラス板定量検査、TPHA定量検査、緒方定量検査の三つを実施した。右定量検査については、いずれも検査結果の出ない内に鑑別所の処遇意見が発表されたことがわかる。

即ち、鑑別所は定性検査の内、ガラス板検査の結果のみに基づいて梅毒の判定をし、しかも医療少年院送致相当との判断を下した。専門医師の判断を仰いだか否かは不明であるが、鑑別所の意見書には病状についての診断書の添附はない。

5.保護処分、特に少年院送致の保護処分は、その美しい呼称にかかわらず、人身の自由の長期的剥奪を伴うものである。特に、15歳の少女にとって、それは、これからの人間としての生き方を決める上で徹底的な影響を持つものと考えられる。このまま少年院送致となれば、中学の卒業式にも出席出来ないのである。将来、いつも少年が中学の卒業式にも出席出来なかったと思い返すことを考えると、それはあまりに重い処分である。

にもかかわらず、鑑別所が定量検査の結果が出ない内に、更に定性検査の内、TPHA検査は陰性であるのに、ガラス板検査において、陽性の判定が出たことのみをもって医師の判断も求めず、病状がどの程度でその治療にはどのような方法があるか、治療には通院で足りるか入院が必要か、治療期間がどの程度かかるかにつき十分な検討もせず、医療少年院送致が相当との判断を下すことは適切なものであろうか。更には、右鑑別所の意見を鵜呑みにして審判をすることにも問題がないであろうか。更に、添附書類2の定量試験の検査結果表によれば、報告月日が10月28日となっており、審判期日が10月29日であるから、当然検査結果が審判に反映されるべきなのに、何故反映されなかったのか疑問がある。

6.ところで、少年の梅毒の状況は実際にはどのようなものであったであろうか。

少年は、少年鑑別所入所中に病気治療(梅毒ではない)の為、鑑別所の紹介で広島市中区○○町×丁目×-××所在、○○産婦人科に通院していた。当職が、同病院院長○×医師に面会した際の少年に関する話の内容は、次のようなものであった。.

(一) 少年は、当病院におりものの治療に来ていたので知っている。

(二) 少年鑑別所から、少年の梅毒について相談を受けたことはない。

(三) しかし、添附書類1及至2号証の検査結果表を少年鑑別所の担当者にもらった。同書類1は定性検査、同2は定量検査の検査結果である。定量検査は、定性検査で陽性の判定が出た場合に実施するのが普通である。

(四) 右検査結果によれば、次のように診断できる。

(1) 少年は初期梅毒と言えると思うが、検査結果によれば、症状は軽く、考え方によっては、梅毒にかかっているともいないとも言える状況である。

(2) 治療については、入院は必要なく通院で十分である。

(3) 治療方法は、ペニシリン等の抗生物質の注射又は服用である。

(4) 治療期間は、注射の場合は2週間がワンクールになっているが、ワンクールで十分と思う。服用であれば、1ヵ月位かかる。

(5) 少年が家庭から通院するとしても、性交することなく普通の家庭生活を送る分には、他人に感染する恐れは全くない。とのことであった。添附書類3は、右の結果を記載した診断書である。

7.右結果からすれば、少年の梅毒は今回の家出中に始めてかかったものと見られ、しかも、その程度は極めて軽いものと考えられる。

従って、家庭裁判所が審判に際し、検査結果につき医師の判断を求めていたならば、医療少年院送致という審決が下されていたか、甚だ疑問である。

8.更に、少年は梅毒に罹患しているとの結果が出た10月23日以降、少年鑑別所及び現在収容されている京都医療少年院において、徹底した梅毒治療を受けているはずである。現在梅毒を原因として少年を社会から隔離する必要は皆無である。

9.当職は、京都医療少年院に2回電話をかけ、少年の症状について事情聴取した。電話での話の印象は、まだ検査結果が出ていないなどと言い、あまりはっきりものを言ってくれず、一言で言って極めて歯切れの悪いものであった。しかし、2回目に産婦人科担当の○○医師と話すことが出来、その内容は次のとおりであった。

(1) 定性検査でガラス板検査はプラス、TPHAはマイナスだった。

(2) 梅毒と診断出来るが、梅毒にかかっていると言えば言えるし、かかっていないと言えばいないとも言える。

(3) 何ヵ月か先に検査して、現在の定性検査、定量検査と同じ値が出るようであれば、それはその少年の体質といったものも考えられ、もはや治療の必要はない。

(4) 医療においては、病気にかかっている兆候があれば、治療すべきである。つまり、医療においては、疑わしきは罪するのである。というものであった。

二 少年の保護態勢は、本件事件による少年鑑別所収容、少年院送致決定を契機として著しく強化された。特に両親の内省は著しく、少年院送致の必要は著しく減少している。

1.少年の家族は、公務員の父、主婦の母、兄(高1)、妹(中1)、それに少年の5人である。少年が兄や妹と仲良しで、今回の事件につき兄や妹のことを心配していることは、添附書類4乃至6の少年の両親や妹にあてた手紙を見れば明らかである。

2.少年は、父親との関係に問題があったようである。しかし、父親は今回の事件の重大性に鑑み、少年と鑑別所で数回面会し、少年に反省を求めると共に、自分自身にも対話が欠けていたことを激しく反省した。父は、少年の態度や表情に今までの反省とは明らかに異なる本物の反省、更生の決意を感じ、それを親としてとことん援助しようと決意している。

父は、審判で医療少年院送致となったことを2人の子供には最初伏せていた。しかし、それではいけないと反省し、子供2人と両親で話し合いの場を設け、少年が医療少年院送致となったことを打ち明けた。子供2人は、少年にどんなことがあっても将来少年と仲良くやって行くと述べた。添附書類7は、みんなで話し合った結果を父親が文書にしたためたものである。

3.父親は、11月7日(金曜日)少年に面接する為、京都医療少年院に赴いた。少年は父親に対し、ここに来て礼儀など今までに知らないことを多く教えてもらった。自分が今までにいかにバカだったかよくわかった。このままここで頑張っても良い。でも、学校の卒業式には出たかった。進学もしたかったと述べたとのことである。

4.少年の母親には乳ガンの疑いがあった為、11月5日○○病院に入院した。しかし、手術の結果、乳ガンでなく両側乳腺のう胞(添附書類8の診断書)とのことであり、2週間程度の入院で治る見込みとのことであった。家庭裁判所が審判に際し、母親がガンで、長期入院によって少年の保護態勢に欠陥が生じると考えたことが、少年の医療少年院送致の根拠の一つとなったとすれば、現在ではその恐れは皆無である。

三 少年自身の立ち直りたいとの決意は、間違いなく本物と付添人は確信している。

1.当職は10月30日、少年が京都に送致される直前に少年と面接した。少年は当職に対し、自分は少し突っ張っており、父への反発から家出した。お金がなかった為に売春をした。罪悪感はあったが、家に帰る訳にも行かず生活する為にやった。やっている時は、本当は怖くて仕方なかった。学校は好きだった。レンタルルームに移ってから、暴力団の人が電話を借りに来るようになった。しかし、それ以外に全く暴力団との付き合いはない。

今はホッとすると共に、自分が何故このようなことをしたのかと厳しく反省していると述べた。

父母は少年と15年間一緒に生活して、少年の今回の反省は本物と確信できると述べている。当職もそれは本当と思う。少年は、今必死で立ち直ろうとしているのである。

添附書類9は、少年が当職に郵送してきた手紙であるが、これを読んでみても少年が必死で立ち直ろうとしていることは明らかである。

尚、少年が親しかった男宛に出した手紙には、「セブンスターが吸いたいな」などの記述があったようである。しかし、内容が親に出したものと異なるからと言って、直ちに少年の反省を疑うべきではない。15歳の少女の複雑な心理からすれば、その手紙は男性を失いたくないと考え、精一杯大人ぶった手紙とも考えられるからである。

四1.少年が家庭裁判所のお世話になったのは、今回が全く始めてである。少年は未だ15歳で、虞犯少年に過ぎない。女子中学生が親に反発して家出することはよくあることであり、少年の行動において問題があったとすれば、売春行為を行い、梅毒に罹患した点である。

売春行為を行うことにより、虞犯少年として家裁の審判を受けることは仕方のないことである。しかし、本件事件において、売春行為を行うことが直ちに少年院送致の審判に結びつかないことも、担当調査官の最初の意見が試験観察処分であったことからも明らかである。

2.それでは、本件事件において、少年が梅毒に罹患していることが、直ちに少年院送致に結びつくものであろうか。当職は否定する。何故なら、

(1) 少年院送致ということ一般について考えてみた場合、少年院送致の保護処分は、その美しい呼称にもかかわらず、人身の自由の長期的剥奪を伴うことはもちろん、少年院の矯正指導は、非行少年のみを収容して集団処遇を行うという本質的限界があり、教官の指導の及ばないインフォーマルな共同生活からの悪影響を免れ難い。又、少年院に送致されたことによる少年及び家族に対する社会の消極的な評価、少年院出所者に対する社会の偏見と、これによる更生の道の厳しさ、一度少年院に送致された少年が非行した場合は、容易に再収容される将来の不利益などを考慮すれば、少年院送致は、出来うる限り慎重に為されるべきと考えられるからである。犯罪を犯した成年にさえ、最初は執行猶予がつくのが普通である。

(2) 又、本件事件を個別的に見た場合、前述のごとく、そもそも少年の梅毒が、少年の可遡性を考慮に入れてもなお、医療少年院に収容して治療させなければならないほど重症であったとは考えられないこと。少年の家族の保護態勢、少年の決意をもってすれば試験観察に付することによっても、十分治療目的を達成できたと考えられること。本件抗告に対する決定が出るまでには、治療は完了するのではないかと考えられること。少年の更生は、試験観察に付することによっても十分に達成できると考えられるからである。

又、家庭裁判所が少年院に収容しなければ、少年が治療しなくなるのではないかと考えて審決したとすれば、それは必ずしも当たっていない。何故なら、少年は梅毒の恐ろしさを十二分に認識できる能力があり、梅毒が進めばどうなるかということをよく知っている。そして、そのことを知っているが故に、自分自身なんとしても治さなければならないと決意したのであり、又、父母の保護態勢からすれば、治療の貫徹は間違いないからである。少年が逃げるかも知れない、逃げたら治療出来ないと考え少年院に収容することは、少年の可遡性をあまりに無視するものである。

五 以上の点から明らかなごとく、本件処分は処分が著しく不当と思料されるので本抗告に及ぶものである。

添付書類

一 第1号 証少年の定性検査の結果表

二 第2号 証少年の定量検査の結果表

三 第3号 証○×医師作成の少年の病状に関する診断書

四 第4号証 少年の○○家宛手紙(10月18日消印)

五 第5号証 少年の妹宛手紙(10月21日消印)

六 第6号証 右同(10月23日消印)

七 第7号証 父親作成の裁判官宛書面

八 第8号証 母親の病状についての診断書

九 第9号証 少年の当職宛手紙(11月4日消印)

以上

〔参考2〕 原審(広島家 昭61(少)2009号 昭61.10.29決定)〈省略〉

〔参考3〕 鑑別結果通知書〈省略〉

〔編注〕 受差戻審(広島家 昭和61(少)2643号 昭62.2.25 不処分決定)

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